前立腺がんを経験した宮本亞門が語る、好きな仕事を続けるための秘訣は? 前立腺がんを経験した宮本亞門が語る、好きな仕事を続けるための秘訣は?

前立腺がんを経験した宮本亞門が語る、好きな仕事を続けるための秘訣は?

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#健康
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ハードながらも充実した日々を送っていると、ついつい体のことは後回しになりがち。でも、夢中になれるものがあればなおさら、健康や将来のことを考える必要があるのかも。

そんな気づきを与えてくれるのが、演出家として国内外で活躍する宮本亞門さんです。宮本さんは2019年2月に前立腺がんと診断され、全摘出手術を受け、現在はそれまで以上にアグレッシブに活動中! さまざまな選択肢の中から全摘出手術を選択した理由、がんサバイバーとなっての心境の変化などを伺いました。

退院から2日後には海外出張に。手術・治療法はどうやって決めた?

耳に手を添えて微笑む宮本亞門さん

──2019年2月、前立腺がんが見つかったのは、テレビ番組の企画で受けた人間ドックがきっかけでした。その日のことは覚えていらっしゃいますか?

番組で受けた人間ドックの翌日、事務所の人から連絡があって、「今日の仕事はキャンセルして再び検査に行ってください」って言われたんです。病院に行くと、番組スタッフが全員直立不動で、緊張した表情をしていました。

その様子を見ながら、「この雰囲気、きたよ〜きたよ〜」「まるでドラマみたいだなぁ。この表情、演出でつかえるな」なんて、思っていました。

──そんなときでも仕事に生かそうと考えていたとは、さすがです。とても冷静だったんですね。

僕は演出家なので、自分自身を内側から見る視点と、遠くから他人のように見る視点の、2つの視点を持つ癖があって、このときもそうでしたね。

その後は、怒涛のような展開でした。「レントゲンに影がある」とのことで、再検査や追加検査を行い、結果的には専門の病院へ行くことになって。

状態としては、ステージ3になりかけのステージ2という診断。転移がなかったのは幸いでした。先生は前立腺を薄皮まんじゅうにたとえて、「あんこががん細胞だったら、いつ皮(前立線)から飛び出てもおかしくない状態」と説明してくれました。

とてもわかりやすい説明でしたが、それ以来、好きだった薄皮まんじゅうが食べられなくなってしまいました(笑)。

首に手を添えて笑う宮本亞門さん

──治療は、医師が患部を立体画像で見ながら遠隔操作で行う、手術支援ロボットによる全摘出手術を選ばれたそうですね。

麻酔をかけられ、遠のく意識の中でまぶたに焼きついた残像は、先生たちが手術室から出ていく後ろ姿でした。手術室にいるのは患者である僕だけで、手術台のまわりは機械だらけ。

手術室を臨むガラスの向こうから、10人くらいの医師や看護師が僕を見下ろしていて、自分がSF映画の主人公になったような、人造人間に変えられちゃうんじゃないか!?みたいなおもしろさがありました。

──ここでも冷静ですね! 全摘出手術を選んだのはどうしてですか?

先生からは全摘出がいいと言われましたが、同時に、いろいろな方から経験を踏まえたアドバイスをいただきまして。全摘出による後遺症のリスクのこともあり、セカンドオピニオンを行ったんです。最終的には、自分の意思で決めました。

僕がいちばん大事にしていたことは「すぐにクリエイションできる」こと。全摘出すれば、とにかく早く仕事に戻ることができる。当時、海外も含め3つの公演が控えていて、それを成功させるという目標がありましたので。

──自分にとっての「いちばん」は何かを考えたのですね。

治療法を決めるとき、先生から「あなたの人生をどう送りたいですか?」「クオリティ・オブ・ライフを考えて決めてください」と言われたんです。そんな急に、住宅雑誌に並ぶようなキレイな言葉を言われても……と困ったのですが、この問いは簡単に言うと「自己責任」ということなんだなと思いました。

あなたは何を喜びとして、何を大切にしたいか。それは人によって違う。最後は自分で選ぶしかないということだと思ったんです。

──宮本さんの喜び、大切にしたいことは仕事への早期復帰だったわけですね。

実際、5月22日に手術をして、10日間ほど入院をし、退院して2日後には打ち合わせのために中国に渡っていました。で、戻ってきて舞台が3本続いて。術後の4か月間はノンストップで仕事をしていましたね。手術後でもあまり休んだ記憶がありません(笑)。

──そんなにすぐにエンジン全開で大丈夫だったんですか?

先生に「本当に危ないようだったら、ダメって言ってください」と確認はしました。先生からは「大丈夫でしょう」という言葉をいただいていましたし、実際大丈夫でした。

もし病気になっても「まわりに迷惑をかける」とは思わないでほしい。

笑顔で話す宮本亞門さん

──ずっとお忙しく活躍されていますが、手術・入院中のお仕事の調整はどうされたのですか?

ちょうど、1か月半ほどスケジュールに余裕がある時期だったんです。だからテレビ番組のオファーを受けることができ、偶然にも検査から手術までピタッとハマった。これは事務所の手腕です(笑)。

──がんを発見できたのもよかったし、タイミングもベストだったんですね。

結果としてはそうですね。ただし、自分の健康に関することは何よりも大切にしたほうがいい。必ずしも仕事を優先に考えるべきではないと思うんです。特に、周囲に気をつかって優先順位を考える必要はない。

もし病気になった人がいたとしても、「まわりに迷惑をかける」とは考えてほしくないですね。

がんの公表もそうです。周囲に言いたくないのであれば、それはもちろん、ご自身の選択肢の1つです。でも、「まわりに心配をかけたくない」というのが公表しない最大の理由であれば、僕は言ってしまったほうがいいと思っています。

周囲に何か秘密を持って、心を閉ざしていくと、どうしてもきしみが生じてしまうような気がするんです。病気になることは、悪いことをしているわけでも、恥ずかしいことでもありませんから。

──もともと、健康のために気をつけていらっしゃったことはありますか?

僕は仕事でものをつくる期間に入ると集中してしまい、日常生活のあれこれでも周囲に迷惑をかけるような人間です。だから、特別なことはしていなくて。

ただ、公演が終わって一区切りついたときは、自分の時間をしっかりとるようにしています。「病は気から」と言いますが、体の不調だとしても精神的なところからくることもあると思うので、心を休ませる期間を持つんです。

演出家という仕事を30年以上やっていますが、最近は「休むときは休む」を徹底するようになり、心身のバランスがとれるようになりました。

──以前は違っていたんですか?

若いころはとにかくハードに仕事をすること、手帳がぎっしり予定で埋まることが社会人として正しいことだと勘違いしていました。

でも、今思うとそんなことどうでもいい話。「どう生きるか」のほうがよほど重要です。

ときに自分にブレーキをかけても、「自分がイキイキできる」「この仕事が好きだ!」と思える状態を維持することが大切です。自分の体調も心の状態も、自分だからこそわかることが多くありますから。

医療保険のおかげで治療費は1円も自己負担しなかった。

医療保険について語る宮本亞門さん

──病気になったときに、医療保険には加入していらっしゃいましたか?

入っていました。

若いころから医療保険には入っていて、一時期はやめてしまったこともありましたが、やっぱり入っていたほうがいいなと思って、三大疾病が保障されるものにあらためて加入しました。

そのため、前立腺がんの手術と入院については、すべて医療保険の給付金でまかなうことができました。自分で負担した金額は1円もなかったほどです。

──それはよかったです! 実質的な金銭負担がなかったのは、医療保険に加入していたからこそですね。

医療保険にも種類があるから、ちゃんと理解していないと。

すべてに備えることはできないから、自分が本当に困る状態は何だろうとか、これだったら我慢できるかなとか、なんとかなるかなとか、具体的に考えておくことが大切なのかもしれません。

未来のことを考えるのは難しいですけどね。

──がん患者となって、ご自身の中に変化はありますか?

人はいつ死ぬかわからない、ということは若いころから感じていたことです。死は誰にも当然訪れる。それを避けようとしたり恐れたりするより、今、生きていることを大事にする。そう思って生きてきましたが、この思いがよりいっそう強くなりました。

2020年にYouTubeで行った「上を向いて〜SING FOR HOPEプロジェクト」も、がんを経験していなかったらやっていなかったかもしれません。幸いにして、今ここに、皆さんに連絡できる自分がいる。だったら思い切って、やってみよう!と。

──生きているからこそ、できることがありますよね。

前立腺がんになる前には、生死をさまよう大事故にあったこともありますし、それ以前にもいろいろなことがありました。でも、それでも僕は生きている。まだ死んでいないということは、何かしら生きている理由があるんだろうなと。

どんな形でも、まだ自分には生があり、そして多少なりとも何かできる力があるのであれば、やれることは精いっぱいやりたいと思っています。

──今20代〜30代で仕事をがんばっている世代に、若いころから第一線で活躍されてきた宮本さんだからこそ伝えられるアドバイスをいただけますか?

年齢を重ねて大人になることは、とてもワクワクするおもしろいことです。もしも「大人になるのはつまらない」と思うのであれば、つまらない大人しか見ていないからだと思います。

おもしろい大人たちは、日本だけではなく世界中にいます。人やものとの出会いによって、あなたにしかできないこと、夢中になれるものはきっと見つかります。

若いときは、人生は永遠にも感じるかもしれない。けれど、災害もあれば病気もある。決して長くはない。だとしたら、おもしろい大人になるために、瞬間、瞬間、無心になって楽しんでほしいと思います。

──最後に、宮本さんがお仕事をするうえで、自分にとっての「保険」のようなものや、考え方などがあれば教えてください。

抽象的なのですが「離見の見」ですね。「離見の見」は世阿弥の言葉で「自らの体から離れた視点」のこと。最近の言葉だと「メタ認知」です。

たとえるなら、地図アプリの視点を現在地の周辺サイズから徐々に地球サイズまで引いていく感覚が近いかな。そんなまなざしを持つと、自分の悩んでいることや執着していることが実はとても些細なことだと気づいたり、別の解決法が見えてきたりする。

今を生きる「自分」の視点から離れ、まわり全体を大きく俯瞰し、やわらかく見るという習慣が、いつも僕自身を守って、救ってくれている気がします。

自分を俯瞰して見る大切さを語る宮本亞門さん

宮本 亞門
1958年、東京・銀座生まれ。演出家。1987年、ミュージカル「アイ・ガット・マーマン」で演出家デビュー。翌年、文化庁芸術祭賞受賞。2004年、東洋人初の演出家としてオンブロードウェイにて「太平洋序曲」を上演。同作はトニー賞4部門にノミネートされた。以後、ミュージカル・ストレートプレイ・オペラ・歌舞伎などジャンルを超え、国内外で幅広く作品を手がける。2020年、新型コロナウイルス感染症と闘う人たちに希望を伝えるために立ち上げた、「上を向いて歩こう」を歌や踊りなどのさまざまな表現方法で展開していくことで人々をつなぐプロジェクトが話題に。2023年には舞台「画狂人 北斎」再演。著書に『上を向いて生きる』(幻冬舎)。


※ この記事は、ミラシル編集部が取材をもとに、制作したものです。
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(登)C22N0278(2023.2.28)
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