【蒼井ブルー・連載短編小説】莉子と誠〜第二話〜
文筆家・蒼井ブルーさんによる「親子」をテーマにした三話完結型の短編小説。想いがすれ違う娘・莉子と、父・誠のお互いの心情をエモーショナルに描きます。 翻訳の仕事を夢見るも、なかなか就職が決まらず焦る莉子に、海外で働く大学時代の先輩・亜衣から海外勤務のお誘いが。それからしばらくして、誠のスマホに見知らぬ番号から電話があります。電話に出ると「宮下莉子さんのご家族のお電話でよろしいでしょうか? 莉子さんがけがを負って搬送されました。至急病院までお越しいただけますか?」と……。 |
誠が病室に駆けつけると莉子がベッドで眠っていた。顔には絆創膏が貼られ、頭には包帯が巻かれていて痛々しい。看護師のほかに男がひとりいて話しかけてきた。
「莉子さんのお父さまですか? 先ほどお電話しました野木と申します。莉子さんのアルバイト先で店長をしております」
「おい、なにがあった? てめえが娘にけがさせたのか?」
誠が野木に詰め寄ると看護師があいだに入り、まずは莉子の容態について医師から説明を受けるよう促した。
医師の話によると、莉子はアルバイト中に目眩(めまい)を起こして倒れた。原因は過労。頭部と顔面を打撲し、唇を切っている。脳震盪(のうしんとう)は起こしていないので目が覚め次第帰宅してよいが、数日は無理をせず安静に、とのことだった。
そのあと誠は野木からも話を聞いた。野木が店長を務める飲食店に莉子が面接にやって来たのは三週間ほど前で、すでに勤めているアルバイト先と掛け持ちしたいと言ったのだという。採用後は昼夜連勤しているようだった。無理をさせるつもりはなかったが、面接時の志望動機では「春から海外で翻訳の仕事がしたい。そのための渡航費や当面の生活費を稼ぎたい」と語っていて、本人のたっての希望でシフトに入れていた、とのことだった。
野木は誠に管理者として謝罪したが、誠は困惑した。宙を見つめたまま言葉が出てこなかった。そういえばここ最近の莉子は帰りが深夜や朝になることもあった。掛け持ちして働いていたとは知らなかった。金が必要ならなぜ親である自分を頼らなかったのか。誠には莉子の行動が理解できなかった。
莉子が目を覚ますと看護師がいて状況を説明してくれた。手鏡を手渡されて覗き込むと絵に描いたようなけが人が映っていておかしかった。頭がぼうっとして、切った唇のあたりが痛い。駆けつけた誠は一旦仕事に戻っているが、終わり次第迎えに来ることになっているのだという。看護師がさらに続ける。
「それにしてもあなたのお父さん、娘さん思いのいいお父さんね」
「え、どこがですか。全然そんな感じじゃないですよ」
「お父さんね、さっき先生からあなたの説明を受けたとき、『本当に大丈夫か、顔に傷が残らないか』って詰め寄ってね。アルバイト先の店長さんにもそうだった」
「ああ……ほんとにばかなおじさんですみません」
「最初はちょっとびっくりしたけど、でもわたし、なんだか泣きそうになっちゃった。わたしの父もね、いつもえらそうで気が短くて難しい人だった。昔は大きらいだったけど、でも亡くなってから、悪い人でもなかったなって。単に不器用なだけだったのよね」