【蒼井ブルー・連載短編小説】莉子と誠〜第一話〜
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#保険
文筆家・蒼井ブルーさんによる「親子」をテーマにした三話完結型の短編小説。想いがすれ違う娘・莉子と、父・誠のお互いの心情をエモーショナルに描きます。第一話では、就職が決まらずに焦る莉子に、ある転機が訪れますが……。 |
大学四年の冬にもなってまだ就活を続けているのは、きっとわたしくらいのものだろう。宮下莉子は孤独と焦燥感を抱えていた。
周囲はみな夏のあいだには内定をもらい学生最後の時間を謳歌していた。知りあいと顔を合わせるたび「頑張ってね」と言われた。次に言われたら「もう頑張ってる」と言い返そうか。莉子は毎度そんなふうに思う。思うだけで実際には言い返さない。ひとたびそうすれば堰(せき)を切ったようにどす黒い感情をぶちまけてしまいそうだったから。
しかしこの現状はだれのせいでもなく莉子本人の意思から来たものだった。
翻訳家になりたい。そう考えるきっかけとなったできごとを莉子はいまでもよく覚えている。
小学六年のとき、同じクラスの男子へひそかに思いを寄せていた。彼の家はお金持ちだという噂があったが、たしかにいつもおしゃれで高そうな服を着せられていて目を引いた。しかし気取らず冗談が好きで男女問わず人気があった。
休み時間になると多くの男子たちは校庭へ飛び出しサッカーをするのだが、彼はそれにはつきあわず席で本を読んでいた。
「いつも難しそうな本読んでるよね」
「これ? 別に難しくないよ」
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