【蒼井ブルー・連載短編小説】莉子と誠〜第三話〜
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文筆家・蒼井ブルーさんによる「親子」をテーマにした三話完結型の短編小説。想いがすれ違う娘・莉子と、父・誠のお互いの心情をエモーショナルに描きます。 建設関係の小さな会社を営む父・誠と、大学四年の娘・莉子のふたり暮らしの宮下家。莉子は中学に入ったころから徐々に誠と距離を取るようになり、いまではほとんど会話がありません。 第一話では、翻訳の仕事を夢見るもなかなか就職が決まらず焦る莉子に、海外で働く大学時代の先輩・亜衣から海外勤務のお誘いが。それからしばらくして、莉子のアルバイト先の店長から誠に「莉子がけがを負って搬送された。至急病院まで来て欲しい」と連絡が入ります。 第二話では、病院に駆けつけると、ベッドのうえで眠る莉子が。医師によると、幸い大事には至らなかったが、数日間安静が必要とのこと。そして病室にいた莉子のアルバイト先の店長から、莉子がこれまで無理をしていた理由を聞かされ、何も相談をされていなかったことに誠はショックを受けます。 一方の莉子は、誠が莉子を心底心配していたと聞かされ、誠ともう一度向き合ってみようと「帰ったら話があるので」とメッセージを送ります。 しかしその夜。誠は莉子の話を聞く様子はなく、莉子は悲しみのあまり、いまは亡き母・恵子に育ててもらいたかったと言ってしまいます。すると、誠の口から「じゃあ、会わせてやる」と、思いもよらぬ返事がきて……? |
「ついて来い」
そう言うと誠は二階へと上がっていった。莉子はティッシュで涙を拭き、はなをかんだ。鏡を見ると、けがをしたうえに泣いてぼろぼろになった女がいておかしかった。冷蔵庫からお茶を取り出してグラスに注ぎ、唇に染みないよう恐る恐る飲んだ。
莉子が二階へ上がると誠の書斎の扉が開いていた。珍しい光景だった。莉子が中学生になり誠と距離が生まれはじめてからは、この部屋に入ることはなくなったし、扉もいつも閉められていた。
昔の誠は持ち帰った仕事を遅くまでここでしていた。まだ小さかった莉子は眠れない夜に部屋のベッドを抜け出してよくここにやって来た。誠はそんな莉子を膝のうえに乗せてデスク作業に勤(いそ)しんだ。そのうち莉子が眠ると誠は莉子を抱きかかえてベッドまで戻しに行った。そうなると莉子は朝まで目が覚めずよく眠れるのだった。
部屋の前まで来ると奥のデスクに着く誠の背中があった。
「入れ」
誠は振り返りもせず、ぎりぎり聞き取れるくらいの小さな声でそう言った。部屋に一歩入るとすぐに誠の匂いがした。ふっと、抱きかかえられたときのごつごつした手や大きな体の記憶が甦(よみがえ)ってくる。思い出した。莉子が生まれる前、この部屋は誠と恵子の寝室だったらしい。恵子の死後に誠の書斎になったと誠本人から聞いたことがあった。
「座れ」
デスクに着く誠の隣にもうひとつ椅子が置かれている。促されるままそこに座るとデスクのうえに通帳とノートパソコンがあった。
「これは、おまえのだ」
誠が通帳を手に取って莉子に差し出す。よくわからないまま莉子がそれを開いてみると高額な預金の記載があった。
「お母さんの希望でな、おまえが生まれてすぐ学資保険に入ったんだ。将来のおまえが困らないようにって。先月のおまえの誕生日で満期になった。少しは大学の学費に充てたけど、残りは海外に行くのでもなんでも好きにしたらいい。おまえが卒業するときに渡そうと思ってたけど、もういま渡しておく。でも無駄遣いはすんな。お母さんの気持ちも入ってるからな」
涙が通帳のうえに落ちて、莉子はそれを指で拭ってから閉じた。
「それと、もうひとつある」