燃え尽き症候群とは?なりやすい人の“がんばり方”を専門家が解説。
仕事にやりがいを感じて一生懸命がんばってきたけれど、最近、ぱたりとやる気がなくなり、面倒くさい……。そんな気持ちになっているとしたら「燃え尽き症候群」かもしれません。燃え尽き症候群とはどんな症状なのか? どうしたら防げるのか? 産業医として年間1,000人以上と面接する石井りな先生に、解説していただきました。
目次
燃え尽き症候群とは?
「燃え尽き症候群」とは、意欲的に仕事に取り組んでいた人があるとき、疲れ果てて無気力になり、やる気や意欲をなくしてしまう状態のことです。
「燃え尽き症候群」は、英語では「バーンアウト(burnout)」ともいいますが、実は正式な精神医学の疾患ではありません。アメリカの精神医学会がつくる精神科の診断基準には、「燃え尽き症候群」の記載はなく、1970年代にアメリカの精神科医が提唱した概念とされています。
世界保健機関(WHO)による国際疾病分類第11版には、「バーンアウト」について記載はあるものの、「バーンアウトは健康に悪影響を与える世界中で見られる職業上の現象である」とされています。つまり、ここでも疾病ではなく、「職場の問題」とされています。
臨床の現場では「反応性うつ病」「適応障害」と診断されます。私の経験から、その背景に燃え尽き症候群がある方が多いと感じています。
参考:厚生労働省「長時間労働の医師への健康確保措置に関するマニュアル」
燃え尽き症候群の症状。
燃え尽き症候群の症状は大きく、「情緒的消耗感」「脱人格化」「個人的達成感の低下」の3つに分類されます。「情緒的消耗感」が「脱人格化」を招き、「脱人格化」によって「個人的達成感の低下」に陥るという流れがあります。
心のエネルギーを他者に使いすぎている「情緒的消耗感」。
心のエネルギーを自分よりも他者に多く使い、疲れてしまった状態です。マラソンや山登りなどで多くのエネルギーを使うと、体は消耗します。その「心版」です。
思いやりをもって相手に接する、周囲に配慮をして利他的にふるまう、献身的に他者につくす、世の中の期待やルール・倫理観にしたがうなど、そうした経験が続くと、心が疲れてしまうのです。
無感情な対応、冷たく、不適切な態度をとる「脱人格化」。
心のエネルギーが消耗し空っぽになってしまうと、他者を思いやったり献身的にふるまったりする気持ちが失われ、無感情な対応をとるようになります。
たとえば、冷たい態度で接したり、事務的な応答をしたり、専門用語でまくしたてたり。遅刻や欠勤が増えるなど、ルールを無視する行動をとることもあります。まわりからすると冷たく不適切な態度が目につき、それまでとは別人のように感じられるようです。
仕事がうまくいかず、達成感を得られない「個人的達成感の低下」。
心が疲れ果てて他者を思いやれなくなると、周囲と孤立してしまったり、職場での人間関係もうまくいかなくなったりします。すると、仕事の成果が落ちてしまいがちですね。そうすると、仕事をしても達成感が得られず、さらに意欲が低下するという悪循環に陥ってしまいます。
仕事への意欲がなくなってくると、「職場にいても意味がない」といった思いにとらわれがちに。会社に行けなくなって休職したり、離職を決めてしまったりする人もいます。
燃え尽き症候群の事例。
燃え尽き症候群を引き起こす環境や状況はそれぞれですが、一方で多くの人に共通する部分もあります。私が実際に対面した事例を紹介します。
結果のみを求められ、意欲をなくしたシングルマザーAさんのケース。
Aさんは小学生の子どもを育てながら働く、ワーキングシングルマザー。企業の人事部でやりがいをもって仕事に取り組んでいました。
きっかけは、ある年の人事異動でした。新しくやってきた上司は部下の業務内容を細かく管理するタイプ。社内全体への連絡や外部への文書はすべて上司の細かいチェックが入ります。さらに、高い目標を設定され、急速なスキルアップが求められました。
上司に悪気はありません。どれも部下のためによかれと思ってやったこと。会社から組織改革を託されていて、上司は上司で与えられたミッションに懸命に取り組んでいたのでした。
上司は「まだまだ!」「がんばろう!」と応援してくれました。ただ、がんばっているプロセスに対する評価はなく、上司からねぎらいの言葉や態度もありませんでした。それでもAさんはこれまで以上にがんばって仕事に取り組んでいました。
しかし、やってもやっても仕事は終わらず残業時間は増える一方。子どもは夜遅くまで家で1人っきりで、勉強を見てあげることもできません。「このままでは子どもによくない」「母親失格」と思い悩むようにもなりました。結局、Aさんは仕事への意欲を失い、体調を崩したこともあって退職してしまいました。
情熱と努力を否定され、心が折れた高校教師Bさんのケース。
Bさんは20代後半の高校教師。まだ教師歴2年で、日々の授業とその準備、生徒指導だけでも大変でしたが、放課後の部活の指導も任されていました。というのも、Bさんはそのスポーツで実業団に所属してプレーした経験もあったからです。
部活の指導ではつい熱が入り、ときには生徒たちに厳しい言葉を投げかけることも。とはいえ、生徒たちとの関係性は決して悪いものではありませんでした。
あるとき、Bさんが生徒に送った叱咤(しった)激励のメールを見た一部の保護者が、Bさんの態度を問題視。「指導とはいえ、その言い方はハラスメントではないのか!?」と責めはじめたのです。保護者の中には弁護士もいて、「こんな指導はあり得ない!」と、法的手段も辞さない勢いでBさんを糾弾しました。
保護者の抗議は一時的なものでほどなく問題は収束しましたが、Bさんの心は折れてしまいました。生徒たちに成長を実感してもらいたくて、ギリギリのところでやってきた。その結果がこれか……と。
部活が廃部になることも、Bさんが処分されることもありませんでした。が、気持ちを奮い立たせることができなくなったBさんの、生徒たちへの態度は事務的に。部活動の指導も自主練を指示するだけで事実上、手を引いてしまいました。
燃え尽き症候群になりやすい人の特徴。
燃え尽き症候群になってしまうにはさまざまな要因があります。その人をとりまく「職業」「性格」「環境」「世代」の4つについて、人事部で働いていたワーキングシングルマザーAさんと若手高校教師Bさんの事例とあわせて見ていきましょう。
【職業】人をケアする仕事、対人サービスの職種など。
Aさんが所属していたのは人事部で、言い換えれば人のケアをする部署です。一方、Bさんの職業は教師。こうした人と対峙(たいじ)する仕事、対人サービスを行う職種は燃え尽き症候群になりやすいといわれています。
営業職などは成果が数字で表れますから、努力が報われやすい面があります。一方、対人サービスの業務で「報酬」となるのは、相手からの感謝やねぎらいではないでしょうか。ただ、それらは目に見えにくく、また、相手が必ずしも努力に対して感謝やねぎらいをくれるとは限りません。Aさんに対しても、他部署の人でもいいので、誰かが彼女の努力をねぎらう声かけをしていたら結果は違っていたかもしれません。
取材内容をもとにミラシル編集部にて作成
【性格】責任感が強くまじめ。
Aさんはとてもまじめで一生懸命な人でした。仕事だけでなく、母親としてもきちんと子どもと向き合いたいと強く思っていました。また、Bさんも熱血型で責任感の強いタイプ。こうしたタイプは燃え尽き症候群になりやすい傾向があります。
取材内容をもとにミラシル編集部にて作成
【環境】上司の問題や長時間労働など。
Aさんの場合は上司が、Bさんの場合は生徒の保護者が原因でした。最近、問題となっている「カスタマーハラスメント」も根幹には同じようなリスクがあるといえます。ただし職場が「カスハラ指針」を打ち出すなどして、働く人が「自分は守られている」と安心できると、燃え尽き症候群を防ぐことができます。
さらに、AさんもBさんもあきらかにキャパシティを超えた仕事をしていました。長時間労働や過重労働も燃え尽き症候群のリスク要因となります。
取材内容をもとにミラシル編集部にて作成
【世代】経験が浅い若い人。
Bさんは20代後半で教師歴2年と、決して経験豊富というわけではありませんでした。人は、年齢や経験を積みながら、成功と失敗を繰り返し、必ずしも努力が報われるわけではないこと、自分にも限界があること、困ったときのSOSの出し方などを学んでいきます。
もちろん、経験が大切なので、年齢が高くても経験が浅い場合はその限りではありません。しかしこれまでの私の経験から、「経験が浅い若い人」に燃え尽き症候群の予備軍が多いように感じています。
そのほか、ワーキングシングルマザーのAさんが子どもとの時間がとれず苦しんだように、仕事以外にもケアすべき対象や守るべきものがあり、そこに手がまわらなくなると燃え尽き症候群に陥りやすくなります。
燃え尽きずに「がんばる」ために。燃え尽き症候群を防ぐ方法。
まず、自分の異変に気づくことがポイント。本当に燃え尽きて、仕事へのやる気が失われてしまう前、「情緒的消耗感」の段階でエネルギーを補充できると早く回復できることが多いようです。
心が空っぽなのに気づく。
「これまで楽しめていたことが楽しめない」「ごはんがおいしく感じない」「エネルギーが出てこない」といった変化を自覚したら、心のエネルギーを使いすぎているかもしれません。
ただ、自分のことは意外と自分ではわからないもの。ある程度の規模の会社であれば、年に1回、ストレスチェックを行いますから、これが心の変化に気づくきっかけになるでしょう。
ストレスチェックがない場合でも、まわりが気づいてくれることもあります。変化に気づき、伝えてくれる人の存在は大切。「最近疲れてるね」という家族や友人の声は素直に受け入れましょう。
相手との心理的距離をとる。
「親切にしすぎていた」「振り回されていた」と思ったら、その相手と接しすぎないのも1つの方法です。
仕事では「できない」と思うことを伝えることも悪いことではありません。上司や職場との調整が必要ですが、対人業務から外れるとか、事務仕事だけを担当する期間をつくるなどして、一時的にでも心と体を癒やしましょう。
仕事以外の楽しみをもつ。
何をすれば自分はリフレッシュできるのか? 自分を癒やしてくれるものは何か? 楽しみをいくつか見つけておくといいでしょう。
上司とコミュニケーションをとる。
たとえば、対処できるのが自分だけという業務があったら、上司に相談をしてチームで対応できるようにしてもらいましょう。また、職場と自分の価値観のミスマッチも燃え尽き症候群のリスクになります。仕事を任されたとき、その仕事の意味や目的がわからず不安であれば、確認しましょう。
誰でもいいから相談する。
職場に産業医がいるなら相談をするのもいいと思います。産業医は会社に対して、業務内容や仕事量について提案できます。産業医でなくても、職場の誰かに相談するのもいいでしょう。
仕事内容や仕事ぶりを知っている人からのねぎらいの言葉が効果的ではありますが、まったく関係のない人からの評価も自己肯定感や達成感につながります。
【まとめ】燃え尽き症候群はあなたのせいじゃない!
燃え尽き症候群の兆候や予防法について、石井りな先生に解説していただきました。日本ではどうしても燃え尽き症候群を「個人が気をつけるべきこと」として語りがちですが、冒頭でふれたように、WHOは燃え尽き症候群について「職業上の現象」と指摘しています。
石井先生は「がんばるあなたは献身的に仕事をこなし、指示やルールにしたがいながら懸命に努力をしています! 燃え尽き症候群はあなたのせいではありません」と強調します。“燃え尽きずにがんばる”ために、燃え尽き症候群の兆候と対処法を知っておくのも一助となるかもしれません。
写真/Getty Images
【監修者】石井 りな
フェミナス産業医・労働衛生コンサルタント事務所代表
産業医・精神科医。精神科医、内科医などの女性産業医を中心に、顧客企業の健康管理、メンタルヘルス問題をチームで解決している。
※ この記事は、ミラシル編集部が取材をもとに、制作したものです。
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