早期退職して自らリノベした住宅の大家に。元雑誌編集長のこだわりセカンドライフ。
出版社のマガジンハウスに25年間勤務し、『Hanako』『Hanako ママ』など人気雑誌の編集長を務めてきた片岡延江さん。50歳で同社を退職後はフリーランスの編集者として活動しながら、ふとしたきっかけでDIYに夢中になり、自らの手でリノベーションした中古住宅で賃貸収入を得る大家業も営んでいます。編集者と大家というまったく異なるふたつの仕事を同時にこなす原動力はどこにあるのでしょうか? 二足のわらじを履く生活に至った経緯や、やりたいことの実現のために取得した資格など、片岡さんのリアルなお仕事事情をうかがいました。
DIYにハマり、「宅建」「電気工事士」の資格を取得!
──フリーランスの編集者である片岡さんが、なぜ大家業を始めようと思ったのでしょうか? 物件の購入から現在に至るまでの経緯を教えてください。
ネットでたまたま見つけた公売物件がすべてのきっかけでした。「公売物件? 競売と何が違うんだろう。よくわからないけど、なんだかおもしろそう」、そう直感的に思い、徹底的に調べ上げました。興味を持ったことは深掘りしないと気が済まないんです。編集者魂ですね(笑)。公売とは、税金を納めなかったために差し押さえた財産を売却すること。競売は裁判所によって行われますが、公売は国税局や税務署などが行います。
いろいろと調べているなかで、千葉県の佐倉市に魅力的な公売物件を発見したんです。佐倉は私にとって縁もゆかりもない土地でしたが、調べていくうちに、かつて城下町として栄え、今も武家屋敷が残る素敵な町であることがわかり、俄然興味が湧いて。それが購入を決める後押しになりました。
いざ購入した物件は、あちこちが傷んでいて、大規模な改修が必要な状態でした。手のかかる難しい修復は業者さんにおまかせしましたが、すべてを依頼すると費用がかさむ。自分でやれるところは自分でやろうと考え、ネットでノウハウを調べながら見よう見まねで塗装や左官工事をやってみたら、思いのほか楽しくて。これなら私でもできるぞと。DIYはまったくの初心者でしたが、そのおもしろさにのめり込んでいきました。室内の配線やコンセント位置の変更や増設も、業者まかせではなく自分でやりたいと思い、第二種電気工事士*の資格を取得しました。
*第二種電気工事士:電気工事士法で定められている国家資格。屋内の配線やコンセントの設置といった電気工事を行う際に必要となる。
──資格まで取得してしまうとは、すごい熱の入れようですね。
資格に関しては、DIYにハマっているうちに不動産業にも興味が湧き、宅建*の資格も取得しました。自分がリノベーションした住宅を賃貸に出して収益を上げられたらいいなと考えたんです。現在は千葉県佐倉市内と都内に中古住宅を所有しています。
*宅建(宅地建物取引士):宅地建物取引業法で定められている国家資格。不動産取引において、専門知識を有していない契約者に詳しい説明をする際に必要となる。
──今日お邪魔しているこの家もリノベーションの最中ですね。
はい。ここは1958年築の平屋の日本家屋です。息子やその友人たちにも手伝ってもらいながら、壁や床の改修など大掛かりなリノベーションをやっています。
収益のためにも早く賃貸に出したいのはやまやまですが、リノベーションの作業自体が楽しくて……。もうしばらく時間がかかりそうです。
リノベーションは雑誌づくりに似ている。
──片岡さんが住宅をリノベーションするうえでこだわっていることとは?
すべてを新しくするのではなく、古いものでも良いと感じたら、その良さを残すようにしています。たとえばこの家は、壁は塗り替えましたが、柱や床はそのままの雰囲気を生かしています。木の素材感や風合いが素敵だと感じたので。
また、住宅をリノベーションする際は、借りてくれる人のことを具体的にイメージします。ここに住むのは年配の人なのかな、若い人なのかな、何が好きで、どんなセンスの持ち主なのかな……と。そういう意味では、私にとってリノベーションは、読者を想定しながら企画を考える雑誌づくりに似ているかもしれません。
──編集業と大家業、収入の割合はどれくらいですか?
7:3くらいかな。今後は大家業の割合を増やしていきたいです。ただ、私の大家業は、不動産投資としては非効率的。一般的には少ない投資で大きなリターンを得ることを目指しますが、私の場合は楽しいからやっている部分が大きい。あと、借りてくれる人がよろこんでくれるかどうかも大切。費用や時間がかかったとしても、やりたいようにやります。だから利回りはよくないし、物件を購入してリノベーションを始めてもなかなか終わらない(笑)。
とはいえ、大家業は私にとって仕事のひとつであり、単なる道楽ではありません。自分が好きで楽しいからやるという軸を保ちながら、持続可能なビジネスとして成立させていきたい。「好き」「楽しい」という気持ちだけでは長続きしませんから。そのあたりの塩梅はとても難しいんですけどね。
いくつになっても学べるって素敵なこと。
──片岡さんは出版社のマガジンハウスに25年間勤めたのち、フリーランスに転身されたそうですね。会社を辞めた理由は?
50歳という節目を迎えて、自分の今後の人生について改めて考えてみたんです。仕事は楽しかったけれど、今後もずっとこのままでいいのかな、と。日々あまりにも忙しく、心身ともに疲弊していたのが正直なところで。思い切って早期退職に応募しました。
退職後は、フリーランスの編集者として仕事をしながら、小学校の学習支援員を務めたり、PTAに参加したり、地域活動にも力を入れました。私は子どもが4人いますが、子どもたちが小さいころは仕事漬けの毎日で、ちゃんとかまってあげられなかったという反省もあって。
実は最近、保育士*の資格を取りました。子育てでは保育園にお世話になりっぱなしだったので、いつかその恩返しをしたいなと。ゆくゆくは自分でリノベーションした古民家で保育園を運営するのが夢です。
*保育士:児童福祉法で定められた国家資格。児童の保育や保護者に対する保育指導を行うことができる。
──編集者と大家という二足のわらじを履き、精力的に活動している片岡さん。これからの人生をどのように過ごしていきたいと考えていますか?
ガツガツせず、健康を維持しながら、好きなことをして生きていきたいです。フリーランスの編集者として活動しつつ、リノベーションを楽しみ、家賃収入を得て、ゆくゆくは年金をもらって。
若いころはやりたくないこともやって、社会に揉まれることも大事かもしれません。でも、今の私は自分がやりたいことだけを、やりたいようにやっている。だからストレスがないんですよ。
──いつまでも自分らしく生きるためには、受け身の姿勢でいるのではなく、早めに準備を進めておくなど、能動的に動いたほうがいいのでしょうか?
人によるとは思いますが、私の場合はそうでしたね。50歳で会社を辞めて、いろいろと新しいことに挑戦し続けてきたのは、いつまでも好きなことをして生きていくための準備といえるかもしれません。
私は現在、58歳。この歳になって思うのは、いくつになっても学べるって素敵なことだなって。私にとって学生時代の勉強は周りにあわせてやっているようなものでしたが、今は自主的にいろいろなことを学んでいます。宅建や電気工事士、保育士といった資格のための勉強も、自分にとって好きなこと、夢中になれることだからまったく苦ではなく、新しい知識や技術がどんどん身につきました。
私は40〜60代女性のセカンドライフの活動を応援するコミュニティ「セカミー」に携わっています。その参加者との交流を通じて思うのは、いきいきと生きている女性は例外なく、何かしら好きなことや夢中になれるものを持っているということ。そして、それを子どものため、夫のためではなく、自分のためにやっている。そこが重要だと思います。自分の人生は、ほかの誰のものでもない、自分のものですからね。
取材・文:榎本一生 写真/高橋絵里奈
片岡延江
1963年生まれ。メーカー勤務を経て、マガジンハウスに転職。雑誌『Hanako』『Hanako ママ』の編集長を務める。同社を退社後はフリーランスの編集者として活動する傍ら、自らリノベーションした中古住宅で大家業を営む。
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