中小企業経営者の終活とは?会社の未来のために検討しておくポイントを解説。
ある程度の年齢になると、「終活」を意識される方も多いようです。終活は自分の最期に備えるものですが、会社経営者ともなると、会社の未来についても考えなくてはなりません。会社経営者として終活で考えるべきポイントは何か? 司法書士・税理士・社会保険労務士・行政書士として多角的に中小企業の経営サポートを行う渋田貴正さんが解説します。
目次
終活とは?
終活は人生を総括し、自分らしい最期を迎えるための準備のことです。終末期医療への要望やお墓、葬儀などについて考え、財産を含め自分の死後、どう扱ってほしいのかを終活ノートなどに残し、身のまわりの整理をしていく。その過程がこれまでの人生を見つめ直す時間となりますし、意思を表しておくことでのこされた家族の身体的・精神的負担を軽くすることができます。終活は最期まで自分らしく生きるためだけでなく、のこされた家族の負担を軽くするためのものでもあるのです。
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経営者の「終活」3つのポイント。
個人の終活は、いわば人生の最期を迎えるための身辺整理ですが、会社経営者の場合、それだけにとどまりません。中小企業の場合、特に「経営者=会社」というイメージがあるかもしれませんが、会社(法人)は本来、経営者個人とは別に権利をもち、義務を負った存在です(民法第34条)。
経営者が亡くなったとしても、会社が存在しなくなるわけではありません。会社には従業員や取引先など、たくさんの人が関わっています。大切に守り、育ててきた会社の未来を、経営者は考えておく必要があるのです。
1 会社を存続させるかどうかを決める。
まずは、会社を存続させるのかどうかを決めることが重要です。残すのであれば、誰を後継者にするのかを考える必要があります。配偶者や子どもなど親族から選ぶのか、社内の人間を登用するのか、あるいは外部から連れてくるのか、あらかじめ検討しておくとよいでしょう。
また、会社を存続させないという選択をする場合でも、M&Aで会社を売却する方法や、清算して自分の代で終わりにする方法があります。
どの選択をするにしても、たくさんの人が関わっている以上、それなりの時間がかかりますし、それぞれ注意すべき点があります。じっくり考え、自分の気持ちを明確にしておくことが第一です。
2 自社株式の評価を把握しておく。
自社ビルや会社名義で購入した美術品なども含め、会社の貸借対照表に記載されているものはすべて会社のもの。会社のあらゆる価値は株式に集約されます。
一方で中小企業の場合、経営者が自社株の多くを所有しているケースが多く、この自社株を相続するのは経営者の親族です。
利益を上げている会社であれば、相続人には多額の相続税がかかりますし、会社を存続させる場合でも、M&Aや清算をする場合でも、株式の価値は大いに関係してきます。
非上場会社の株式の価値は、会社の規模にもよりますが、たとえば大会社の場合、配当金額や利益金額、純資産価額などの要素を一定の基準で計算することで決まります。現時点で自社株が税務上どれくらいの価値をもっているのか、きちんと把握しておくことはとても重要です。
3 「公正証書遺言」を残す。
経営者ともなれば、さまざまな資産を所有している方が多いため、遺言を残しておくことをおすすめします。
遺言には、手書きで書いて判子を押す「自筆証書遺言」、内容は明かさずその存在だけを公証役場で証明してもらう「秘密証書遺言」、公証役場で作成する「公正証書遺言」と、大きく分けて3種類があり、いずれも民法で形式や保管方法が決められています。
自筆証書遺言や秘密証書遺言は形式の不備で無効になることもありますので、法律の様式に則って作成し、保管までしてくれる「公正証書遺言」で残すほうが遺言の確実性が高くおすすめです。
遺言は誰に何を残すかという、最後の意思表示です。遺言がないと、遺産を相続するために相続人全員から合意をとり遺産分割協議書にまとめるなど、煩雑な手続きが必要になりますし、遺産分割協議をめぐるトラブルにもなりかねません。
のこされた親族にとっても、遺言があれば、その内容に納得ができるかどうかは別として、数々の手続きがずいぶんと楽になります。
会社を存続させる場合、考えるべきは後継者と自社株のこと。
参考:中小企業庁「事業承継を知る」をもとにミラシル編集部にて作成
自分が亡くなったあとも、会社を存続させたいと願うのであれば、後継者を選び、育てていく必要があります。そして、次期経営者の選任とあわせて、自社株式の所有についても検討しておきましょう。株式の所有(株主)と経営(社長)が一致していたほうが会社経営は安定します。なるべく、所有と経営が分離しないよう、その道筋を考えておくとよいでしょう。
親族が事業を継ぐ場合。
もっともシンプルなのが、遺産相続で株式を相続した配偶者や子どもなどの親族が事業を継ぐケース。
もちろん、会社のことを何も知らないまま経営者の椅子に座らせても、会社はうまくまわりません。スムーズにバトンを渡せるよう、数年かけて、日常の業務や資金繰りのことを引き継ぎ、社内外に「次期経営者」として浸透させていくことが重要です。
また、相続税のことも考えておく必要があります。相続税は原則、金銭での一括払いです。現金での支払いが難しい場合、自宅などの不動産を売った売却益で支払うケースは少なくありませんが、自宅に抵当権が残ったままだと売却は難しいでしょう。
会社が融資を受けるとき、経営者の自宅を担保に入れるということはよくあることですが、この際に登記される抵当権は、借金の返済が終わったからといって、自動的に消滅するものではありません。消滅させるには抵当権抹消登記の手続きが必要です。相続関連の手続きは、当事者が亡くなってしまうと、さらに煩雑な手続きが求められます。経営者に限った話ではありませんが、存命中に、登記関係は後継者が困ることのないようにしておきましょう。
親族以外が事業を継ぐ場合。
親族以外が事業を継ぐ場合、社内の優秀な人材を経営者として登用するケースと外部から人材を連れてくるケースがあります。社内登用でも社外招請でも、重要なのは社内外の納得感です。取締役会で後継者だというコンセンサスをとったり、後継者とともに取引先への挨拶まわりをしたりと、数年かけて準備をしておきましょう。
社外招請の場合は、上記の内容に加えて、人となりはもちろん、借り入れがあるかどうかなど、身辺調査をしっかり行うことも大切です。
経営の安定のために自社株はどうする?
親族が事業を継ぐ場合は、相続手続きの中で、株主と経営者を一致させることができます。一方で、親族以外が事業を継ぐ場合には、「株主は経営者の親族、経営は新社長」といったように所有と経営が分離した状態になってしまいます。親族に事業を継ぐ意思がまったくなく、経営に興味がないのであれば、生前に「株主として会社を見守ってほしい」と告げておけばそれで話は済みます。しかし、そうではない場合、株主と経営陣の意見が食い違うということにもなりかねません。
そのような事態を避けるためにも、新社長が株式を所有しておくのが理想ですが、このとき、新社長が自社株を購入する資金があるかどうかが問題となるでしょう。
仮に親族が「自分には不要なので、新社長に株式をすべて差しあげます」と言ったとしても、受け取った新社長側には贈与税がかかってしまい、その税率は最大で55%になります。
また、親族が「安く売りますよ」と言ったとしても、評価額の半分未満の金額での売買は「低額譲渡」となり、本来の価値で売買したものとして、売却した親族側に所得税がかかります。
新社長の自己資金が足りなければ、銀行から融資を受けるか、毎年、少しずつ親族から株式を買っていき、所有と経営の一致を進めていくようにしましょう。
増加するM&A。
「技術や商品は残したいけれど後継者がいない」、「廃業したらお客さんに迷惑がかかる」。こうした場合の選択肢となるのがM&Aです。『中小企業白書』2021年版によると、中小企業の事業承継をサポートする「事業引継ぎ支援センター」でのM&Aによる事業引き継ぎ相談社数・成約件数ともに増加傾向にあります。
M&Aによって事業を売却する場合、まずは会社を買ってくれる相手を探す必要があります。仲介機関に依頼し、譲渡価格や売却方法などを交渉し、条件などが折り合えばM&Aが成立する、といった流れが一般的です 。
経営者の死後に親族がM&Aを行うケースもありますが、親族に会社を経営する意思がないならば、存命中に会社を売却し、現金化しておいたほうが、のこされた人の負担は圧倒的に軽くなります。めぼしい後継者が見つからず、会社の売却を視野に入れているのであれば、自身の引退のタイミングを見極めながら経営者自身がM&Aを進めていくのが望ましいでしょう。
会社を廃業するのも簡単ではない?
『中小企業白書』2021年版によると、2020年の休廃業・解散件数は4万9,698件。中小企業経営者の平均年齢が上がっているのもあって、近年増加しているようです。
会社の清算をするには、取引先や従業員など関係各所に話をして、各種手続きをする必要があります。
手続きを済ませれば法人格は消滅しますが、もし、会社の業績が不調で金融機関からの借り入れや取引先への債務がある場合などにはこの手続きは簡単ではありません。すべて返済するか、経営者が債務を引き受け、個人として返済していくという同意を債権者全員からとるなどする必要があります。
一方で、利益を上げていて、企業価値が高い会社であったとしても気をつけるべきことがあります。残っている純資産、たとえば、会社の預貯金が戻ってくると、税務上配当を受けた扱いになり、税金がかかります。株式を相続した親族が廃業する場合も同じで、確定申告が必要となります。
資産が多い会社は税金がかかりますし、負債が多い会社は債権者への合意を得るというハードルがあり、会社をなくすのも簡単ではないのです。
【まとめ】長期計画で納得のいく道筋を。
個人でも経営者でも、のこされた人がもっとも困るのは、何をどうしてほしかったのかまったくわからないまま亡くなってしまうこと。終活ノートや遺言で意思表示をしておくことはとても重要です。
加えて、経営者としては会社の“その後”を見すえておくことも大切です。自分がいなくなったあと、会社にどうなってほしいのか、関わってくれた人たちの利益になる道はないか、など未来を思い描き、道筋をつけていくのが、経営者の終活だといえます。家族や従業員などとコミュニケーションをとりながら、長いスパンで考えていきましょう。
写真/Getty Images
渋田 貴正
司法書士・税理士・社会保険労務士・行政書士
2012年の開業以来、相続登記をはじめ相続関係手続きや、会社の設立など法人関係の登記に特化している司法書士事務所V-Spirits の代表。また、V-Spiritsグループの税理士として各種税務相談にも対応している。
※ この記事は、ミラシル編集部が監修者への取材をもとに、制作したものです。
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