自分にしかできないことを見つける──。アーティスト・Ayumi Takahashiさんが大事にしていること。
働き方が多様化し、さまざまな選択肢が広がっている今。「自分らしい働き方」はどう見つければいいのでしょうか。今回インタビューしたのは、イラストレーターとしてだけでなく、アートを軸に商品のプロデュースやキュレーターとして、国内外で活躍するAyumi Takahashiさん。大学卒業後すぐにフリーランスになった理由、自分らしく働くために大切にしていること、好きなことを仕事にする上でのモチベーションの保ち方、そして、急速に変化し続ける現代での自分らしいキャリアの築き方。Takahashiさんの仕事に対する向き合い方には、私たちにもすぐに役立てられるヒントが詰まっていました。
会社に属するよりも、自分で自由に勝負したかった。
──Takahashiさんがアートの世界を目指したきっかけは?
絵を好きになったのは、育った環境が大きいと思います。父が工業デザイナーで、幼いころは親のスタジオが遊び場でした。まわりの大人も絵を描いていたから、私も自然と描くようになって。ただ、中国に住んでいたころ通っていた小学校は「勉強しかしちゃダメ」という厳しい環境で、自分には合わないな、と感じるようになりました。当時、日本の漫画『GTO』を読んでいて「日本の学校って自由でおもしろそう」と興味が湧き、母親がいる北海道の中学校に通うことに。その後、映画『BIG FISH』の“You can grow into a bigger fish if you swim in a bigger pond.”いうセリフに触発されて、大学はアメリカへ。
──アメリカではアートセンター・カレッジ・オブ・デザインへ進学。そこでファインアートとイラストを専攻されたそうですね。
はい。ただ、イラストレーターになりたかったわけではなくて、絵が描けたらいろんな仕事に結びつきやすそうだなと思って選びました。設備が充実した大学だったので、在学中は絵だけじゃなく、セラミック、テキスタイル、プロダクトなど、とにかくいろんなものに挑戦しました。自分は何に向いているのか知るためにも、やれることは全部やろうって。そうやって手掛けた作品は1冊の本にまとめたり、卒業時にポップアップショップをつくって、全部売ったりしたんです(笑)。
──すごい! 卒業後はすぐフリーランスの道へ。就職は考えなかったんですか?
まったく。昔から、みんなが当たり前にやっていることに疑問を感じるタイプでした。みんなどうして就職したいんだろうって。せっかく大学でいろんなことを学んだのだから、どこかに所属して与えられた仕事をこなすよりも、自分で自由に勝負をしてみたかった。いろんな国に住んだことで、いろんな価値観があると気づけたのも大きいかもしれません。就職することが幸せへの唯一の道とは思いませんでした。
──フリーランスという生き方に不安や迷いはなかったですか?
なかったですね。逆に言えば、どんなことでも「これだったら絶対一生安心」ってことはないと思います。もし、この先仕事がなくなったら、別の方法を考える。それで、新しい道が開けるかもしれないし。だから、「不安がない」んじゃなくて、「絶対に不安はなくならないから、考えても仕方がない」と思っています。
自分を“ブランド”として見ること。
──大学卒業後、イラストやアートの仕事はすぐ来ましたか?
最初のころは安定した収入はなかったです。年収50万円ぐらい。それでも、当時から仕事を選ぶようにしていました。というのも、私は自分自身のことをブランドとして見るようにしていて、自分には合わない、自分の価値を認めてくれない仕事だと思ったら断っていたんです。たぶん、何も考えないまま社会に出ると、日々の生活でいっぱいになって、あまりやりたくない仕事も受けてしまうと思ったから。大事なのは目的を持つことだと思っていました。
──目的というと?
こういうアーティストになって、こういう仕事をするというビジョンです。私は既成概念にとらわれず大胆なことをやるアーティストになりたいと思っていて、そのためにどんな仕事をするべきなのか考えていました。それに、目的を持てば、どんなことをやるにしても、意味を見出せる。何のためにやっているかわからないのに時間も労働力も拘束されるのが一番つらい。逆に、目的さえあれば、何をしている時間だって無駄ではないです。
──Takahashiさんはアルバイトしていましたか?
大学在学中はとにかく毎日大量の課題があって、勉強以外の時間はまったく取れないだろうなと思っていたので、入学前の高校卒業後に、ジャズバーでアルバイトをしました。そこで、何も考えずに働いていたら、ただ時間を無駄にしてしまう。なぜなら、将来の自分のキャリアとは何もつながらないから。でも、目的を持ってやれば、どんなことにだって活かせます。ジャズバーは大人とうまく話すための練習の場になったし、お酒は世界共通の文化なので、お酒の知識は将来誰かと話すときや、いつか何かの事業を行う際にも役立てられそうだと思いました。それに、ジャズもタダで聴けて詳しくなりましたし(笑)。ちっぽけなことかもしれないけれど、目的を持っていれば、何をやるにしても得られることはたくさんある。
──そんなふうに考えられるようになったのは何かきっかけが?
きっかけがあるわけではないんですが、楽しい時間が増えたほうがうれしいし、嫌な状況を少しでもよくしたいと思うタイプなんです。そもそも、自分がコントロールできるのって自分の気持ちしかないですよね。人も状況もそう簡単には変えられない。でも、自分の考え方を変えれば、今見ている世界は変わる。私は、できればすべてのことをエンジョイして生きたい。もし、ポジティブに考えても今の環境が合わなければ、別の道を探ります。夢の叶え方は1つじゃないと思うから。
自分の作品が次の仕事を呼ぶきっかけに。
──その後、どうやって安定的に仕事が入るようになったのでしょうか?
ターニングポイントは2つあって、1つは「The New York Times」でした。きっかけをくれたのは大学の先生で、「The New York Times」のアートディレクターとの対談の時間をつくってくれたんです。「The New York Times」は業界内でもアーティストの選定力に定評があって、紙面で作品を掲載されたアーティストは高い注目を集めます。これはチャンスだと思い、当時住んでいたポートランドからNYに行き、アートディレクターと話をしました。そしたら、翌日1人のアートディレクターから連絡が来て「Ayumi、“オバマケア(オバマ元大統領が推進したアメリカの医療保険制度改革)”をテーマにした絵、4時間以内で描ける?」って。
──突然のビッグチャンスですね!
「もちろん!」と即答したけど、NYの友達の家には絵を描く道具は一切持ってきていなかったので、「どうしよう」ってめちゃくちゃ焦りました。当時はアナログで絵を描いていたんです。でも、背に腹は代えられないと思って、PCのトラックパッドでなんとか絵を完成させました。あのとき達成感は忘れられないですね(笑)。「The New York Times」に絵が掲載されてから、いろんな媒体のアートディレクターから仕事をいただくようになりました。
2つめのターニングポイントはインスタグラムとの出合い。大学卒業後、自分を積極的に出していかないとと思い、毎日1枚、小さいポートレートを描いてインスタグラムにアップしていたんです。それを機にあるメディアにインタビューページをつくってもらえて、そこからいろんな仕事をいただくようになりました。ギャラリーで個展をしたのもそれがきっかけです。展覧会を開くのは初めてでしたが、おかげで大きな作品にも挑戦することができました。
──1日1ポストのインスタグラムキャンペーンは大成功でしたね。
はい。いろんな仕事につながったし、毎日描くことで、自分は何を描くのが好きなのかがよりはっきりした気がします。日本に帰国してからは、シェアオフィス「MIDORI.so」に入ったことも大きかった。いろんな人が集まる場所で、多くの出会いがありました。今はインスタグラムを見た方から仕事の依頼をいただくことがほとんど。売り込みにいったことはありません。自分がつくったものがPRになっている。ちゃんとやっていれば誰かが見てくれていると信じています。
──イラスト以外の仕事も増えていますが、ティーブランド「Three Gems Tea」をプロデュースすることになったきっかけは?
カリフォルニアに住む方が私のインスタグラムを見てくれて、「お茶のブランドをつくりたいんだけど、ブランディングしてくれませんか?」と連絡をいただきました。正直、最初はお茶自体にあまり興味がなかったのですが、ミーティングを重ねるうちに、この仕事を通しておもしろいことができそうだと思って。それで、一緒に会社をつくって「Three Gems Tea」をローンチしました。私以外のメンバーはカリフォルニアにいて、実は彼らとは一度も会ったことがないんです。結婚と同じで、起業は勢いが大事ですね(笑)。
──2019年には中国・大連でギャラリー「BOX MUSEUM」をオープン。そこでキュレーションもされています。
当時、大連に住んでいた母親から「空いているスペースがあるんだけど何かしない?」と連絡があって。オープンまで3か月しかないというので、急ピッチで建物から空間、コンセプトも考えて、形にしました(笑)。ここでは「アートを生活の中に送る」をコンセプトに掲げています。中国ではまだ、多くの人にとってアートは縁遠い存在です。美術館の一般的な展示方法であるホワイトキューブのギャラリーをつくっても人は来ないだろうなと思ったので、世界各地で活躍しているアーティストたちとコラボして、ユニークで遊べる展示スペースにしました。
──活躍の場を広げているTakahashiさんですが、今後やりたいことは何ですか?
私の目標は、アートの力で世界を美しくすること。自分がつくったもので、誰かが明るい気持ちになってくれたらうれしいし、いいビジュアルが心にどれだけいい影響を与えるか実感してもらいたい。私は、芸術で自己表現にのめり込むよりも、多くの人が買える商品を通じて楽しいバイブスをいろんな人に届けたい。今少しずつプロデュース業が増えてきて、できることも広がってきているので、今後はもっとプロデュース業に注力できたらと思っています。自分がアーティストとして手を加えるだけでなく、何かを一から生み出して、アートが人と人との架け橋となればうれしいです。1人でできることって限界があるけど、ほかのプロフェッショナルたちと力を合わせれば、もっと大きなことができると信じています。
──絵を描くことだけにこだわらない?
そうですね。アートの力で世界を美しくしたいというビジョンが、自分の軸としてきちんとあれば、手法にこだわらなくていいと思うんです。絵を描くことは好きだけど、それがすべてじゃないし、固執せず、柔軟性をもって取り組むことが大事かな、と。時代は目まぐるしく変わっていきますしね。「Three Gems Tea」も今後は茶葉だけじゃなく、お茶を通して楽しい時間が過ごせるライフスタイルブランドにしたいなと思います。
好きな仕事をするためには、自分は何者かを知ること。
──何からはじめていいかわからない、とつまずいている人にアドバイスするとしたら?
やりたいことがあるのに「自分にはできないかも」と立ち止まっているとしたら、それは絶対にできる、と伝えたいです。しかも、結構簡単に! 今はスマートフォンで気軽に写真が撮れるし、インスタグラムで自分のブランドサイトをつくることもできる。Googleという検索すればなんでも教えてくれる先生のような存在もいるし、いいアイデアさえあれば、大金を用意しなくても起業できます。だから、何かやりたいと思っている人はまず、はじめること。
──何をやりたいかわからない、と思っている人に対してはどうでしょうか?
仕事につながるかわからなくても、ちょっとでも興味のあることにトライしてみては? アウトプットしてみたら、実はそんなに好きじゃなかったと気づくかもしれないし、ほかに好きなものが見つかるかもしれない。自分の好みを知るのに、いろんなことを見たほうがいい。広い世界を知ったほうがいいと思うから。道に迷うこともあると思うけど、私は間違った選択ってないと思うんですね。やり続ければいい選択になるかもしれないし、ミスだったと感じるのなら、それを正しく直せばいい。
──自分の強みを見つけるにはどうしたらいいでしょうか?
特技を見つけること。特技って難しいことじゃなくてもよくて、ほかの人よりちょっとだけ話をするのが好きとか、資料をつくるのが上手とか。自分のちょっと得意なことをさらに極める。そうすれば自信にもつながるし、他者のすごさも理解できるはず。強みが見つかれば、会社の中にいても、フリーランスでも「自分にしかできない仕事」ができるはずです。絵の技術だけでいえば、私はアベレージ。技術的に上手な人はたくさんいます。だけど、私にしかできないことがある。だから、いろんな仕事につながっていると思っています。
──Takahashiさんが自分らしく働くために大事にしていることは何でしょうか。
NOと言うこと。断ることはとても勇気がいります。でも、言えるようになったら、自由になれる。やりたいことだけやれる。それは誰にとってもハッピーなことだと思います。あとは、きちんとビジネスマインドを持つこと。フリーランスはすごく孤独。上司に指示されないぶん、自分で判断して、制作・マーケティング・経理・PRすべてやらないといけません。だから、自分は今何をやるべきか、やらないべきかを常に冷静に判断する必要があります。働くことは、自分を見つける旅だと思うんです。何がしたいのか、今どこにいて、どこに向かうのか。それをクリアにするためにも、自分は何者なのかを見つける作業をやめてはいけないと思う。私も常に自分に問いかけて、見失わないようにしています。
編集/原田結 取材・文/浦本真梨子 写真/兼下昌典
Ayumi Takahashi
中国・大連生まれ。日本・北海道の中学、高校を卒業後、渡米。カリフォルニア州のアートセンター・カレッジ・オブ・デザインでファインアート/イラストを専攻。タイ、イギリスへの留学経験があり、ドイツに暮らしていた経験も持つ。現在はイラスト制作にとどまらず、アメリカ・カリフォルニア発のティーブランド「Three Gems Tea」のプロデュース、中国・大連のギャラリー「BOX MUSEUM」のキュレーションも務めるなど、さまざまなフィールドで活動。Instagram@r_you_me
※この記事は、ミラシル編集部が取材をもとに、制作したものです。
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