自営業になったら社会保険はどうなる?【社労士監修】
※ 記事中で言及している保険に関して、当社では取り扱いのない商品もあります。
※ 文章表現の都合上、生命保険を「保険」と記載している部分があります。
※ 本文中に記載の保険に関する保障の条件は、保険会社によって異なります。詳しくはご加入の保険会社にお問い合わせください。
自営業になると得られない社会保険の保障があることをご存じでしょうか。会社員より保障が手薄になる自営業に役立つ備えについて、社会保険労務士・税理士の佐藤正明先生にお話を伺いました。
目次
そもそも社会保険って?
病気や失業、加齢など、誰にとっても避けられないリスクに社会全体で備える社会保障
制度の1つが社会保険制度です。日本の社会保険は次の5つで構成されています。
会社員と自営業が加入できる社会保険の違い
会社員が加入できる社会保険 | 自営業が加入できる社会保険 | |
公的医療保険 | 健康保険 (健保組合、協会けんぽなど) | 国民健康保険 |
公的年金 | 国民年金と厚生年金 | 国民年金 |
介護保険 | あり | あり |
雇用保険 | あり | なし |
労災保険 | あり | なし (業種によっては特別加入が可能) |
監修者への取材をもとにミラシル編集部が作成。
参考:文化庁「社会保障制度」
このうち「公的医療保険」「公的年金」「介護保険」については、国民の加入が義務づけられています。会社員であれば「雇用保険」と「労災保険」に加入しますが、退職すると被保険者ではなくなり保障を失います。
5種類の社会保険をざっくり説明。
5つの社会保険について、会社員と自営業との比較で簡単にまとめると、以下の表のようになります。
会社員と自営業の社会保険の比較
会社員 | 自営業(国保組合を除く) | |
公的医療保険 (病気やケガに備える) | ・業務や通勤以外による病気やケガなどに対して医療費の一部を負担 ・傷病手当金、出産手当金あり ・保険料は会社と本人が折半 | ・傷病手当金、出産手当金なし ・保険料は本人が負担 |
公的年金 (老齢・障がい・死亡に備える) | ・老齢や障がいを負った際などの生活を支える一定額を支給 ・保険料は会社と本人が折半 | ・老齢や障がいを負った際などの生活を支える一定額を支給 ・保険料は本人が負担 |
介護保険 (要介護に備える) | ・所定の介護サービスを利用できる ・保険料は公的医療保険を通じて納付 | ・所定の介護サービスを利用できる ・保険料は公的医療保険を通じて納付 |
雇用保険 (失業に備える) | ・失業給付、育児休業給付あり ・保険料は会社と本人双方が負担 | なし |
労災保険 (業務上の病気やケガに備える) | ・業務や通勤による病気やケガなどに対して所定の費用を給付 ・保険料は会社が全額負担 | なし (業種によっては特別加入が可能) |
監修者への取材をもとにミラシル編集部が作成。
参考:文化庁「社会保障制度」
参考:厚生労働省「労災補償」
自営業になると社会保険料はどう変わる?
自営業の社会保険料について、詳しく見てみましょう。家族構成・年齢・年間所得が同じ場合、会社員と自営業は世帯で支払う保険料(年額)にどのような違いが生まれるのでしょうか。計算式にあてはめて解説します。
【社会保険の計算方法例:会社員の場合】 ・家族構成:夫46歳、妻45歳(収入なし)、子どもなし。東京都千代田区在住 ・年間所得:400万円 ・社会保険:全国健康保険協会(協会けんぽ)東京支部に加入 ・標準報酬月額:34万円 |
年間の社会保険料の計算式
(1)健康保険料 | =標準報酬月額×健康保険料率×12か月×1/2 |
(2)介護保険料 | =標準報酬月額×介護保険料率×12か月×1/2 |
(3)厚生年金保険料 | =標準報酬月額×厚生年金保険料率×12か月×1/2 |
※ 標準報酬月額:健康保険料や介護保険料、厚生年金保険料を算出する際の基準となる数値。
※ 会社員の場合、社会保険料は会社と従業員が折半。
協会けんぽ東京支部の保険料率(2024年度)
健康保険料率 | 介護保険料率 | 厚生年金保険料率 |
9.98% | 1.60% | 18.3% |
※ 介護保険は、40歳以上64歳以下の全員が加入者となり、保険料を納付。
上記の計算式にあてはめると、以下のようになります。
(1)34万円×9.98%×12か月×1/2=健康保険料(20万3,592円)
(2)34万円×1.60%×12か月×1/2=介護保険料(3万2,640円)
(3)34万円×18.3%×12か月×1/2=厚生年金保険料(37万3,320円)
【社会保険の計算方法例:自営業の場合】 ・家族構成:夫46歳、妻45歳(収入なし)、子どもなし。東京都千代田区在住 ・年間所得:400万円 ・社会保険:国民健康保険に加入 ・基礎控除額:43万円 |
年間の社会保険料の計算式
(1)国民健康保険 (医療分) | =所得割額+均等割額 |
(2)国民健康保険 (後期支援分) | =所得割額+均等割額 |
(3)国民健康保険 (介護分) | =所得割額+均等割額 |
(4)国民年金保険料 | =1万6,980円×12か月×2人 |
※ 2024年度の国民年金保険料の月額は1万6,980円。
東京都千代田区の保険料率(2024年度)
所得割額 | 均等割額 | |
医療分 | 算定基礎額×7.63% | 4万5,400円×加入者数 |
後期高齢者支援金分 | 算定基礎額×2.74% | 1万5,000円×加入者数 |
介護分 | 40歳から64歳の加入者の算定基礎額×1.64% | 1万6,200円×40歳から64歳の加入者数 |
※ 算定基礎額=加入者全員の所得額-基礎控除額(43万円)
※ 介護保険は、40歳以上64歳以下の全員が加入者となり、保険料を納付。
上記をあてはめて計算すると、以下のようになります。
(1)(400万円-43万円)×7.63%+4万5,400円×2人=医療分(36万3,191円)
(2)(400万円-43万円)×2.74%+1万5,000円×2人=後期支援分(12万7,818円)
(3)(400万円-43万円)×1.64%+1万6,200円×2人=介護分(9万948円)
(4)1万6,980円×12か月×2人=国民年金保険料(40万7,520円)
以上から、会社員と自営業の社会保険料を比較すると、自営業は、年間で37万9,925円多く支払うことがわかります。
会社員と自営業の社会保険料の比較
会社員 | 自営業 | |||
---|---|---|---|---|
健康保険料 | 20万3,592円 | 国民健康保険料 | 医療分 | 36万3,191円 |
介護保険料 | 3万2,640円 | 後期支援分 | 12万7,818円 | |
厚生年金保険料 | 37万3,320円 | 介護分 | 9万948円 | |
国民年金保険料 | 40万7,520円 | |||
合計 | 60万9,552円 | 合計 | 98万9,477円 |
参考:全国健康保険協会「令和6年3月分(4月納付分)からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表(東京都)」
会社は社会保険料の半分を負担している。
自営業の支出が増える大きな要因は、会社負担分です。会社員の場合、公的医療・介護保険と公的年金の保険料を会社と従業員が折半します。退職して自営業になると全額自己負担になるため、支払額が増えます。
社会保険料控除を適用できる。
会社員の確定申告は年末調整として会社が処理してくれますが、自営業だと自分で確定申告をすることになります。確定申告には所得税をはじめとする税金の負担を軽減する控除制度が設けられており、社会保険料も控除の対象となります。自分が受けられる控除の種類と申告方法を理解しておくとよいでしょう。
「自営業になると、社会保険料の負担の大きさを実感する方が多いと思います。
会社員であれば受けられる傷病手当金や失業給付などは、自営業になるとなくなります。また自営業の期間は厚生年金がなく国民年金のみになるため、将来の年金額が減る傾向にあります。自営業をするうえで会社員と同じレベルの安心を得るなら、自分で備えていかねばなりません」(佐藤先生)
自営業が利用できる社会保険は?
社会保険には退職と同時に被保険者でなくなるものがありますが、中には類似する保障を受けられたり、継続できたりするものがあります。
健康保険:特定の業界・業種向けの国民健康保険組合。
自営業になると通常、国民健康保険に加入することになりますが、業界や業種によっては「国民健康保険組合(国保組合)」に加入する選択肢もあります。国保組合は業種別母体組織を軸として運営され、国民健康保険にはないさまざまな給付があります。自営業として事業をスタートする場合、加入できる国保組合があるか確認してみましょう。
「自営業の方は、自分が加入できる国保組合があったら、国民健康保険と保険料を比較してからの加入をおすすめします。
国民健康保険はお住まいの自治体によって保険料に差があり、前年度の所得が保険料に影響しますが、国保組合は原則として所得に関係なく年齢や就業実態などで保険料が算出されます。
飲食店など、食品関係の国保組合は保険料が割安な傾向があります。保険料と受けられる保障、双方をしっかり確認してから加入を決めるのがポイントです」(佐藤先生)
健康保険:健康保険組合などの任意継続。
退職時に2か月以上被保険者であった場合、会社員として加入していた公的医療保険(健康保険組合、協会けんぽ、共済組合など)をその後2年間任意継続できます。ただし退職後は会社負担分がなくなるため、全額自分で支払うことになります。収入によっては国民健康保険や国保組合に切り替えたほうが、保険料を抑えられるケースもあります。
労災保険特別加入:体を負傷しやすい業界・業種など。
労災保険には「特別加入制度」があります。業務の実態や災害の発生状況から労災保険の必要性を感じる場合、この制度を活用することができます。自営業でも従業員を雇用し労災保険に加入していれば、中小事業主として加入することができます。
労災保険の特別加入制度
加入できる範囲 | 具体例 |
中小事業主等 | 従業員のいる事業主 |
一人親方等 | 個人タクシー、建設、漁業など |
特定作業従事者 | 農業など |
海外派遣者 | 日本国内の事業主から海外での労働に派遣されるときなど |
※2024年11月から「フリーランス」も特別加入の対象となります。
参考:厚生労働省「令和6年11月から「フリーランス」が労災保険の「特別加入」の対象となります」
「自営業の方の中には法人化を視野に入れている方も多いと思います。よくいただく『法人化は得か損か』というご質問には、段階によって異なるとお答えしています。
社会保険料の本人負担だけを見れば法人にしたほうが有利ですが、従業員がいない社長だけの法人は会社負担分の保険料も自分が経営している会社が支払うことになるため、このぶんをどう考えるか。また法人化すると決算や申告書を税理士に依頼する費用などがかかりますが、取引先などの信頼を得られやすいというメリットもあります」(佐藤先生)
働けないときのリスクに対応するには?病気、ケガなど。
自営業の方が病気やケガで働けなくなることは、会社員でいるときよりも大きなリスクとなります。会社員なら受け取れる保障でも、自営業の方は自分で備える必要があります。その場合の選択肢となるのが、任意で加入する民間保険です。
医療費をカバーする「医療保険」、働けなくなったときの生活費に充てる「就業不能保険」、不幸にも死亡した場合に家族や事業を守る「経営者保険」などが活用できます。
「保険などの前の話になりますが、私の場合はジムに通ったり、サプリメントを飲んだりと、健康には比較的投資をしてきました。それが功を奏したのか、幸いこれまで大きなケガや病気にはかかっていないです」(佐藤先生)
会社を退職すると大きく保障が減る自営業こそ、賢い備えが必要。
自営業として自分の足で歩むことを選んだ方は、いざというときに自分しか頼れない厳しい環境に置かれます。自分が働けなくなったら、生活費をどうするか、家族をどう守るか。リスクを洗い出しそれに備えることは、事業成長への着実な一歩となっていくことでしょう。
写真/PIXTA 税理士監修/佐藤 正明
【監修者】佐藤 正明
佐藤正明税理士・社会保険労務士事務所所長(税理士・社会保険労務士)、CFP(1級ファイナンシャル・プランニング技能士)、日本福祉大学非常勤講師。小規模企業者の事業育成・新規開業のサポートをはじめ、税務、会計、社会保険、相続・事業承継、年金相談など多角的な視点でのアドバイスを行っている。セミナー講師、テレビ、ラジオなどに出演、著書多数。
※ この記事は、ミラシル編集部が取材をもとに、制作したものです。
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